年末の電車で

少し時間がすぎてしまったが、年末京王線に乗ったときのこと。

新宿行きの混雑した電車で運よく座ることができたので、私は小説を読もうと思ってカバンから取り出した。

左隣に座っているおじいさんが口元でなにやらモゴモゴつぶやいているのが聞こえるが、気にせず本を開く。

小説の世界にのめりこんでいくと、隣のおじいさんのモゴモゴも耳に入らなくなっていく。

 

しばらくして、今度は右隣りに座っているおじさんが睡魔に襲われて私の方に体重をかけてきた。

さすがに気になるのでちょっと嫌だなと思いつつ、まぁ私もこういうことはよくやってしまうので、そのまま本を読み続ける。

しかしおじさんの体重のかけかたは更に激しくなる。ちょっともう本を落ち着いてよんでいられないレベルの寄りかかり方である。

私は右ひじでクイッとおじさんを刺激する。おじさんは一瞬目を覚まして体を垂直に戻すが、こういうときに目覚めるのは容易なことではない。数分でおじさんはまた私にもたれかかってくる。

どうしたもんかなぁと思っていた、そのとき。

ふとおじさんのほうをみた瞬間、その手にしっかりと握られたスマホの画面が目に飛び込んできた。

 

「もう‐しつ【毛質】〘名〙 毛の性質。また、頭髪の性質。

 

私の視線は画面に釘付けとなった。

おじさんは、言葉の意味をしらべるサイト「コトバンク」にて「毛質」の解説画面を開いたまま寝ているのだった。

・・・何故、この人は「毛質」の意味を調べたのだろうか・・・?

自分の毛質で悩んでいるのか・・・?いや、だとしたら読むべきはこのページではないはずだ。え、「毛質」の意味を調べるタイミングって、ある?

 

しかも、この画面がまったく消えない。

通常スマホの画面はしばらくたつと節電のために暗くなるものだが、おじさんの手元のスマホはフルの明るさでコトバンクの「毛質」を示し続けている。

眠気のあまり体はグラグラ状態のおじさんの手元だけが、微動だにせず「毛質」を表示し続けているのだ。

 

そんな右側のおじさんに気を取られていた私は、更にあることに気付いた。

あれ?左側のおじいちゃん・・・ボイパしてる!?

何やら口元でモゴモゴ言っているとは思ってたけど、めちゃくちゃ小さい声で、ボイスパーカッションを、している・・・!

そして、手元は、小さくエアードラムを、している!!!

 

「毛質」を表示し続けているスマホを握りしめたおじさんと、エアードラムしつつボイパしているおじいちゃん。この奇跡のようなめぐり合わせの間にはさまれている私。

もはや、電車のこの一角だけに、スポットライトが当たっているのではないかというような錯覚を覚える。

 

なんともいえず愛おしいおっさん二人。

 

まさに一期一会。

 

満たされた気持ちの中で、私は再び静かに本を開いたのだった。